『街よ街よ』橋本絵莉子

2nd Full Album
2024.4.24 On Sale

『街よ街よ』ジャケット
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ロケット

【収録曲】

  1. 踊り場
  2. 人一人
  3. 私はパイロット
  4. 離陸
    ~ Live at Namba Hatch, Osaka, Oct, 17, 2022 ~
  5. このよかぶれ
  6. やさしい指揮者
  7. 慎重にならないか
  8. 宝物を探して(街よ街よ Mix)
  9. ホテル太平洋
  10. Oh, Cinderella
  11. 偏愛は純愛

※ 08 宝物を探して のバージョン名を
(街よ街よ Mix)に変更いたしました。

リリース情報

『街よ街よ』

2nd Full Album
2024.4.24 On Sale

SLRL-10126

通常盤 (CDのみ)

¥3,500(税込)
※デジパック仕様

ご購入者先着特典

『街よ街よ』を対象店舗にてご予約(ご購入)いただくと、下記の先着特典をプレゼントいたします。

【対象店舗限定特典】

  • タワーレコード渋谷店・タワーレコードオンライン
    5月1日(水) 19:00~
    @タワーレコード渋谷店 B1F CUTUP STUDIO
    『トーク&弾き語りイベント』(オンライン配信あり)
    • 会場でのイベント観覧:タワーレコード渋谷店のみ
    • オンライン配信での視聴:タワーレコードオンラインのみ
    • イベントページにて詳細をよくご確認の上、ご予約・ご購入ください。
  • Amazon
    『メガジャケ』
  • 楽天ブックス
    『オリジナルポストカード』
  • セブンネットショッピング
    『オリジナル巾着』
  • その他店舗
    『ジャケットステッカー』
特典写真
  • 特典は店舗・サイト毎になくなり次第終了となります。
  • 特典の有無に関するお問い合わせは直接各店舗へご確認ください。
  • 一部の店舗では取り扱っていない場合がありますので、詳細は各CDショップにお問い合わせください。
  • 予定事項につき、予告なく変更になる場合がございます。予めご了承ください。

豪華盤 (CD+グッズ)

¥9,500(税込)
※ROCKET-EXPRESSにて数量限定販売

【セット内容】
★“特製街よ街よボックス”詰め合わせセット★

  1. 『街よ街よ』通常盤CD
  2. 街よ街よTシャツ [サイズ:M, L, XL]
  3. 街よ街よキーホルダー
  4. SFエッセイ『あっちの場合』 (著・橋本絵莉子 / 文庫本サイズの小冊子)
  5. 直筆サイン入りフォトカード

予約期間:2024年3月9日(土) 00:00~

3月24日(日)23:59までにご注文分は4月22日(月)に出荷いたします。
以降ご注文分は5月上旬頃より順次出荷予定となります。

『街よ街よ』豪華版アイテム
  • 波
  • 波
  • 波
  • 船
  • 街灯
  • 街灯

ビデオ

コメント

橋本絵莉子

このアルバムを作れたことが、これからの自分にどういう風に作用するのか、それがすごく楽しみです。
聴いてくれた人それぞれの中に浮かび上がる街が、あたたかくてやさしい場所だったらいいなと思います。

曽根巧
Guitar

えっちゃん、セカンドアルバムのリリースおめでとう。
僕のとってもすごくすごく思い入れのある作品です。

これが聴いた誰かの歓びや救いになって 長く愛されますように。

いっぱいライブして演奏してこうね。

村田シゲ
Bass

橋本絵莉子のセカンドアルバムに参加する事ができて、
そしてそれを皆に発表する事ができて、嬉しく思っています。
それくらい、このアルバム制作に救われた2023年でした。
関わる全ての人に、聴いてくれたあなたに感謝しています。
きっと彼も嫉妬しているでしょう!

北野愛子
Drums

制作現場では、えっちゃんを中心に、出る音も、人も、残された優しさも、
全てがあったかくって、力入りすぎてた肩が、ストンとすぐに和らぎました。えっちゃんありがとう。

そんな優しい世界で作られたアルバム。
みなさんに届くことを心から嬉しく思います。

2nd Full Album完成、本当におめでとう!!

車

インタビュー

↓

橋本絵莉子『街よ街よ』
インタビュー【前編】

——前作『日記を燃やして』から2年4ヵ月ぶりとなる2ndアルバム『街よ街よ』ですが、新しく作品を作りたいなと考え始めたのはいつ頃になるんですか。

橋本:2021年の12月に『日記を燃やして』をリリースしてすぐ、翌年の1月に東京・恵比寿リキッドルームでワンマンライブをしたんです。そのときに「まだ1枚しかアルバムがないから(ワンマンをするには)曲が足りないね」「だったら新曲を入れたらいいんじゃない?」みたいな話をメンバーさんとしていて。で、「実は今、やりたいと思う新曲が3つあります」って私が候補に挙げたのがこのアルバムにも入れた「私はパイロット」と「ホテル太平洋」と「偏愛は純愛」だったんですよ。

——その時点ですでに3曲もあったんですね。

橋本:はい、『日記を燃やして』には入れてないけど、同じ頃に作っていた曲で。そのなかから「ホテル太平洋」をやることにしたんです。でも、そのときはまだ“『日記を燃やして』の次”みたいな意識はそんなになかったんです。そのあと秋に東名阪のツアーをやるということになって、そこでなんの曲を演奏しようかなって考え始めたあたりで「ああ、次に新曲を作るとしたら、それが2枚目の曲になるのか」ってなんとなく考え始めたような気がします。

——2022年9月に配信リリースされたシングル「宝物を探して」はその流れのなかで生まれてきた曲だったり?

橋本:はい、ツアーに向けて作りました。シングルとして世に出して、ライブでもやりたいと思って。

——ライブで演奏する、バンドで鳴らすというところから絵莉子さんの意欲に火が着き始めて、そこからイメージがより具体的に膨らんでいったということでしょうか。

橋本:まさにそんな感じです。今回、ライブ音源も1曲入っていて、「離陸 ~Live at Namba Hatch, Osaka, Oct, 17, 2022~」っていうインストの曲なんですけど、これはもともと作ってあった曲で、最初は歌詞が付いていたんですね。ツアーでインストが1曲あったらいいよねっていう話になって「じゃあツアー用に作ろうかな。そしたらアルバムにも入れられるし」って考えてたときに、ふとこの曲の存在を思い出して。それでスタジオから帰って、家で試しに歌なしで聴いたら「いいかも!」ってなったんです。それで実際にバンドでもインストで演奏してみたら、曲が羽ばたいた感覚があって。全然成り立ってるし、「ああ、ここに歌はいらんのや!」って腑に落ちたっていうか。

——うわ、面白いな。そうやってツアーのあたりから2ndアルバムを意識し始めて、曲作りに取り掛かっていくわけですね。

橋本:「踊り場」「人一人」「Oh, Cinderella」はツアーの最中とか、そのへんに作っていました。「やさしい指揮者」もその頃かな。「離陸」もそうですけど、さっき言った「ホテル太平洋」とか「私はパイロット」とか、もともと作っていた曲もまだまだあるから、そこから「2枚目のアルバムを作るんだったらこの曲を入れたいな」とか「だったら、こういう曲があると楽しいかも」とか考えながら、歌詞だけあったものに曲を付けたりとか、とにかくいろいろやってみようというモードになってたんですよね。そうやって、あっちをウロウロ、こっちをウロウロしているのがそのあたりの曲で。

——ちなみに今作を作るにあたって、アルバムの全体像とか明確にイメージしていたものはありましたか。

橋本:最初はぼんやりしていました。もちろん思い描いているものはあるんやけど、どちらかというと曲同士の相性というか、曲同士がお互いに作用して良くなるような組み合わせを考えていくほうを優先しがちで。「この曲のあとにこれが来たら打ち消されてしまってもったいないな」とか「次に上手くハマる曲がないから、じゃあ作ろう」とか、全体像というよりは全体のバランスを考える脳になってるんです。だから今回のアルバムも、曲ができた時期とかは結構バラバラだったりします。

——では、今回でいちばん古い曲というと?

橋本:「慎重にならないか」はめちゃくちゃ古いですね。曲だけずっと前からあったんですよ。それこそ2018年の秋とか冬くらい、ソロとして動き出す以前の、ぼんやり期にぼ~んやり作っていた曲で(笑)。コードとメロディとギターのこの感じだけがあって、でもそれが好きで、ずっと取っておいたんです。

——曲だけが先にできるって、基本的に詞先の絵莉子さんとしてはかなり珍しくないですか。

橋本:そうなんですよ、珍しいです。本当になんの気なしに作っていたんでしょうね。そういう、特に何も考えていないときにできたものって自分にとってめっちゃ貴重で。

——わかります、ボーッとしてないと出てこないものってありますよね。

橋本:そう! それなんです、この曲は。別にいつ使おうとかも考えていなかったんですけど、だからこそ取っておきたくて。そこに今回、歌詞付けてみようと思い立ってできたのが「慎重にならないか」なんですよね。あ、でもいちばん古いのは「偏愛は純愛」のサビかも。これは高校生のときに作っていたものなので。

——えっ!

橋本:高校3年生のとき、みんなが受験勉強してる頃に作ったのを覚えてます。私、できた歌詞に一回メロディが付いたら、わりとずっと覚えているんですよ。高校のときに書いていた歌詞のノートをいまだに持っていて、1年に一回くらいそれを開いて「うわ、ヤバ~」とか思うのがすごく好きなんですけど(笑)、たまに「これはいけるかも」って思う歌詞があるんです。この曲もなんとなく置いたままにしてあって、サビだけ今回使ったっていう。

——それは驚きです。きっと絵莉子さんの楽曲には、その曲が鳴るべきいちばんいいタイミングがあるんでしょうね。曲ができた時期の新旧ではなく、絵莉子さんが鳴らしたいと思ったそのときが旬になるというか。

橋本:そうなのかもしれないです。ただ、このアルバムを作る過程で一度、録ろうと思っていた曲が全部、すごく過去の曲みたいに感じてしまった時期があったんです。去年の2月にツネさん(恒岡章:Dr.)が亡くなったあとのことです。

——そこは伺っても大丈夫ですか。ソロの始動からずっと制作・ライブの両面で絵莉子さんの活動を支えてこられたサポートドラマーの恒岡さんが2023年2月に急逝されました。この『街よ街よ』の制作ももちろん参加される予定でいらっしゃいましたし、絵莉子さんにとっても本当に大きな存在で……だからこそ今作を語っていただくにあたり、恒岡さんの不在を避けることはできないとは思うのですが。

橋本:はい。私もその話をしないというのは無理だと思っています。

——バンドとしてアルバム制作にはすでに入っていらしたんですか。

橋本:私のデモを元にみんなでアレンジを始める前でした。

——きっと言葉にもできない衝撃でしたよね。

橋本:「嘘や」って思ったし、いろんなことをすごく考えました。それで……もうアルバムどころじゃないし、それまで通りになんて過ごせないから、その日の夜のうちにパソコンとかギターとか、自分の日常生活で音楽を連想させるものを全部、片付けたんです。そうしないと部屋にもいられなくて。

——村田さん(村田シゲ:B.)、曽根さん(曽根巧:G.)とは何かお話されましたか。

橋本:次の日の夜、シゲさんと曽根さんと3人でババババッて飛び交う勢いでLINEをして。みんな眠れないし、どんなことでもいいから話していたかったんですよね。その会話のなかで私がポツッとアルバムのことに触れたら……シゲさんが「作ろうか」って言ってくれたんです。

——おお!

橋本:シゲさんがそう言ってくれたことがすごく嬉しくて。シゲさんとは面識はあったんですけど、私と一緒にやってくれることになったのは、シゲさんとsummertimeっていうインストのユニットをやっていたツネさんが引き合わせてくれたからなんですよね。そこから、どんどん打ち解けて、ツネさんとシゲさんの関係性を私と曽根さんでいつも「二人、仲良いね。面白いね」って見ていて。そんなシゲさんが、ツネさんがいなくてもアルバムを作ろうって言ってくれて……その言葉が、もうあかん、しばらく何もできへんって思っていた私にめちゃくちゃ響いたんです。たぶんね、思ってた以上にバンドだったんですよ、私たち。

——間違いないです。サポートという名目ではありましたけど、鳴っている音は確実に4人ならではのものでしたから。

橋本:だからこそシゲさんの言葉で、ツネさんもきっとアルバムを楽しみにしてくれてたんだなって素直に感じられたし、作っていくうえで絶対に壁にぶつかるってわかっていたんですけど、やってみたいって思えたんです。よし、ちゃんとご飯を食べて寝よう!って思えたし、その次の日には片付けたばっかりのギターをまた取り出して。

——そこで絵莉子さんも腹を決めたんですね。

橋本:そこからは早かったです。2月のうちにどう進めていくか話し始めて、3月には具体的な作業に入りました。たぶん私もシゲさんも曽根さんも、みんな、何かしていないといられなかったし、ツネさんがおらんようになったことで、さらにその前のワンクッションになる作業が必要だともわかっていたんですよね。

——決めたらもう動くしかないですし、とにかくやったれ、みたいな。

橋本:それはありました。最初に思っていた通りの綺麗なものにはならない可能性も大きいけど、そういうこともみんなで話し合って、それでも作ろうと決めたんです。たとえ、グチャグチャになったとしても私が全部責任を取りますって。

——そこまで覚悟させたいちばんの原動力というのはなんだったんでしょう。

橋本:自分が本当に楽しみにしていたっていうのがやっぱり大きいです。ただ、その“楽しみにしていた自分”に囚われすぎて、作っていくうちにもう一度、ドーンと落ちてしまうんですけど。

——やはり、そう順調にはいかなかったですか。

橋本:いかなかったですね。作り始めて4ヵ月経った頃かな、進み具合で言うとまだ5%ぐらいだったんですけど、そこで、ここまで自分を動かしてきたエネルギーが「悲しい」とか「寂しい」からくるものだったことに気づき始めるんです。

——それまで自覚は?

橋本:まったくしてませんでした。純粋にシゲさんの言葉が嬉しくて、できるんだったらやりたい!ってスタートしたんですけど、それまでは逆に存在を感じさせてくれていたツネさんの不在に、少しずつ慣れてきていることにハッとしたというか。それまでの悲しいだけの世界からちょっとずつ自分が抜け出し始めたのと同時に「ああ、ここからはホンマにツネさんがおらんままやっていくんやな」と気づいてしまうんです。

——とてもリアルな喪失感ですね、それは。

橋本:そこから2022年の自分に囚われ始めたんです。「ツネさんがいない今、私は本当にやりたかったことがやれているのか?」ってわからなくなっちゃって。まさか、そんなふうに気持ちを見失うなんて思ってなかったから、一度、作業を止めて、アルバムのリリースを延期してもらったほうがいいのかもしれないとも考えました。

——言葉は悪いかもしれないですけど、悲しみでハイになっていた状態から、ある意味、我に返ったというか。

橋本:なんでしょうね、自分だけの正解がわからへんまま続けるのが難しいと思ったんです。でも、考えることって毎日変わるじゃないですか。「でも“きっと壁にぶち当たるやろうけど、作りたい”って思ったんだよな」とか「一回延期してもらったところで、また作り始められるか?」とか「絶対、別なものを作りたくなるよ、私」とか、いろいろ考えていくうちに「ちょっと待って?」って。もしも、このままアルバムができなかったらワクワクしながら曲を作っていた自分が浮かばれない、それごと全部なくなってしまうのはあんまりやないかって思い始めて。

——一周まわって、またそこに立ち戻ったんだ。

橋本:そうなんです。そう思ったときに、だったら今の自分が「これならいける!」って思えるようにやっていこうって覚悟し直したんです。アルバムに携わってくださる方々がみんな忙しくて、作業がそんなにパパパッとは進められていなかったのも功を奏したというか、私にとってはしっかり考える時間になったので。

——本当によかったです。このアルバムが聴けなかったらって想像したら、ちょっとゾッとしますもん。

橋本:嬉しいです、そう言ってもらえて。それで、ちょうどそのタイミングに作ったのが「このよかぶれ」です。それまでに私が想像していた音はもう鳴らないし、作ろうと思っていたアルバムが同じ気持ちで作れるかわからなくなったときに曲が全部過去のものに思えてしまったから、このままじゃいけない、今現在の気持ちをちゃんと入れないとこれが私の新しいアルバムだって言えないと思って。

——ああ、そうだったんですね。ところで今回、新たなドラマーにチャットモンチー時代に乙女団として参加されていた北野愛子さんを迎えられて全11曲中8曲をご一緒されていますが、どういった経緯でオファーされたんでしょうか。

橋本:『日記を燃やして』を愛子さんも聴いてくれていて「またいつか叩きたいな」って言ってくれていたんですよ。ツネさんが亡くなった後にも会っていろいろ話をしていたし、ドラムをお願いするなら愛子さんだなって思って。なので電話して単刀直入に「叩いてください」って伝えたんですけど……でも普通に考えたらきっと難しいと思うんですよ、普通の状況ではないし。なのに「もう一回、えっちゃんの曲で叩きたかってん」って真っ直ぐに言ってくれて。愛子さんが運んでくれる新しい風にめっちゃ救われたんですよね。ホントね、愛子さんって面白いんですよ。天然なんやけど、軸がある天然っていうか(笑)。もちろんドラムも素晴らしいし、キャラクターにもすごく救われて、毎日「ありがとう!」って思ってました。愛子さんのおかげもあって、一瞬古く思えていた曲が、また新しく感じられるようになったし。

——当たり前ですけど、バンドの空気感もガラリと変わりますよね。

橋本:チャットが2人になったときにも学んでいるんですけど、もう別物になるんですよね。代わりではなく、愛子さんを含めた新しい4人になるっていう感覚。そう思うと一回、落ち込んだときっていうのは、私のなかでその覚悟が甘かったんだと思う。状況は進んでいくのに覚悟がついていけてなかったんだなって今なら思えます。

——新たなメンバーが加わったことで曲の作り方とかにも変化はありました?

橋本:今までは私が作ってきたデモをメンバーさんに渡して、そこからみんなでスタジオに入ってアレンジしていくのがいつもの作り方だったんですけど、今回は私のデモを曽根さんがさらにワンランク上のデモにしてくれたんです。

——それはだいぶ興味深いですね。

橋本:私のデモってグチャグチャなんですよ(笑)。私はわざとグチャグチャにしてるって言ってるんですけど……歌のピッチが外れていても、ドラムの位置がめっちゃズレていても、そこからみんなでアレンジしたら絶対に良くなるっていうのが私にはわかってるんですね。みんなもそれを上手いこと読み取ってくれるし、グチャグチャゆえに曽根さんにはこう聴こえたとか、私が予期していなかったものが曲に加わっていくのが大好きなんです。ただ、今回は愛子さんが新たに入ってくれるということで、まずは私と曽根さんとシゲさんの3人で前段階のプリプロをして、そこで曽根さんがデモを綺麗に作り直すというワンクッションを入れたんです。で、愛子さんにそれを聴いてもらってから4人で合わせていって。

——そうすることで、より誤解なく作業を進められるだろうという?

橋本:そうですね、今回はそのほうがいいんじゃないかなって。曽根さんと愛子さんは面識があるし、シゲさんとは初めましてだけど二人ともすぐに仲良くなれる人やし、そもそも愛子さんとツネさんはチャットの乙女団&男陣をやってくれていたから、いつも通りでもきっと大丈夫やったと思うんですけど。ただ、今回は私自身、ちょっとグラついていたところもあったから、綺麗なデモにしてもらうことで自分でも「あ、こんな感じになるんや」って客観的に見られてすごく良かったんです。おかげで「これだったらいける」っていう確信を持って進んでいけたので、すごくありがたかったです。

——曽根さん、絵莉子さんの音楽をすごく大事に思っていらっしゃるんですね。だって、ぶっちゃけ面倒臭いとは思うんですよ、その作業。

橋本:めっちゃ言ってました、「面倒臭い」って(笑)。「なんで俺がこんなことせなあかんの? えっちゃん、できるやろ」「いや〜、私は無理なんよ〜」みたいな。でもブーブー言いながらも、ホント丁寧に作ってくれて。

——いい関係性です、本当に(笑)。あの、これは勝手なイメージですけど、絵莉子さんが曲を作る動機って、例えば過去にない斬新なアプローチを試したいとか、常に新しい音楽を追求したいとか、そういうものではない気がするんですよ。

橋本:うん、ないですね。

——生活に根ざした、生きることそのもののなかから歌詞が生まれて、それに寄り添うようにメロディが紡がれて、橋本絵莉子の音楽になっていく。そこは変わってないんだろうなって。

橋本:そうだと思います。

——ただ、それでもやはり『街よ街よ』という作品は『日記を燃やして』とはまた違う肌触りを持っているというか……より世界が広がったように感じられたのが印象的で。

橋本:それは自分でも思いました。もしかしたら1箇所だけを見つめているようなアルバムになってしまうんじゃないかとか、そういう恐れも抱いていたんやけど、ちゃんと広がってるって思えたから。

インタビュー・テキスト:本間夕子

★続きはインタビュー後編へ!『街よ街よ』収録曲を1曲ずつ解説します。

↓

橋本絵莉子『街よ街よ』
インタビュー【後編】

——では、ここからは1曲ずつ順番に伺っていきたいのですが。「踊り場」はとても風通しがいい、幕開けムードのある楽曲ですね。

橋本:これは曲ができたときから1曲目にしようと思ってました。タイトル通り、マンションとかの踊り場のことを書いた歌詞なんですけど、去年40歳になって、40歳っていう年齢がすごく踊り場感があるなって思ったんですね。若くもないけど老いてもいない、この感じがちょうど踊り場っぽいなって。踊り場ってわりとどこにでもあるじゃないですか。めちゃめちゃ人とすれ違うけど、誰も何も考えてないっていうか、ただスッと過ぎていくだけ、次の階に向かうための通り道にすぎないっていうか。

——なるほど。

橋本:だからこそ、40歳でもういい大人やからとか、そんなの関係なく好きなように踊ればいいじゃないって思ったんです。かき氷のブルーハワイを食べて舌が青くなっててもええやん、みたいな(笑)。別にかしこまったり、賢くなくてもいい。ひと通り、いろんなことを経験して40歳になってるんやし、それはそれでいいよねって。

——「人一人」はクールですよね。リズム隊が醸し出すグルーブ感と、楽しげでいてどこか冷めた視線で綴られている歌詞に心掴まれます。

橋本:この歌詞はコロナ禍のタイミングで出てきたのかな。人と一緒にいたらあかんってどうしたらいいんよ?って思うじゃないですか。そういうところから書いていった気がします。

——ポツンと一人で外の世界を眺めながら、「あ~あ」とボヤいているかのような。

橋本:まさにそんな感じでした。十八番(おはこ)の怪談話があっても人に会えないから話せないし、「で?」みたいな(笑)。人に話して初めて活きるのが怪談話ですからね。

——この幽霊の話は絵莉子さんの実体験?

橋本:見たんですよ、本当に。中学校のときに入ってた部活の合宿所が海岸沿いで、肝試ししようってことになったんですけど、そこで見たんです。すぐにいなくなったんですけど、そのあと熱が出て、一人で先に家に帰ることになって。

——うわ、怖い!

橋本:めっちゃ怖かったです。怖すぎて当時は誰にも話せなかったぐらい。それが今、こうして曲になりました(笑)。

——「私はパイロット」をアルバムのリード曲にしたのは、どういった理由からですか。

橋本:スタッフさんがめちゃくちゃ推してくれたんです、私の歌のいいところがいちばん出てる曲だからって。でも私はこれ、自分の軸がブレすぎて、ギリギリまでアレンジのパターンを絞り込めなかったんですよね。日によって「ああしたい」「こうしたい」が変わりすぎて、着地点がまるで見えなくなってしまって。最終的には2パターンが残って、でもレコーディングをしたらもう戻れないから、どうするどうする?ってずっと迷っていたんですね。実は私、最初は今音源になっているのとは違うパターンを選んでたんです。もっとどっしりしたノリのものだったんですけど。

——では、今の形になったのは?

橋本:最後の最後っていうところで曽根さんが「いや、こっちのほうが良くない?」って言ってくれて、聴き直してみたら「たしかにそうかも」って。いつまでもブレている私に曽根さんが「目を覚ませ!」って喝を入れてくれたんですよ。「しっかりしろ、いちばんええのはこっちやろ! バシッ!」みたいな(笑)。アルバムに入ったのがこのバージョンでホンマによかったって今は思ってます。

——歌詞のなかで“嘘”と“夢”が同列のものとして綴られているのが「お?」と思ったんです。“嘘じゃだめだよ”“夢じゃだめだよ”というフレーズにはどんな意味が込められているのか、いろいろ考えたりして。

橋本:年齢を重ねれば重ねるほど素直になったほうがいいなって、常々そう思っていて。素直にひねくれていたり、素直にわがままだったり、そっちのほうがいいと思うんですよね。そのせいで多少ぶつかったとしても、素直であるっていうのはすごくリアルで地に足がついている状態やと思うから。もちろん“嘘”や“夢”が必要なときも絶対にあるんですよ。世の中で上手く生きていくためには必要なことでもあるってわかってるんですけど、私はその素直な状態が、たとえどんなに感じが悪くても、そっちのほうが好きやなって思うんです。そのほうがこっちも楽にしていられるし、接しやすかったりもするし。年下の世代が増えてきたっていうのもあるけど、そういう年上でおりたいんですよね。

——ライブ音源の「離陸 ~Live at Namba Hatch, Osaka, Oct, 17, 2022~」ですが、東名阪のうち、なぜ大阪の音源を収録しよう、と?

橋本:3公演の演奏を聴き比べてみてこのテイクがいちばんグッときたからですね。

——絵莉子さんの誕生日でもありますけど……(笑)。

橋本:贔屓はしてないですよ(笑)。本当にこのテイクがいちばん良かったんです。ツアーの初日だったし、緊張感とかそういうのも含めて。

——変な話、ライブ音源を入れることでアルバムから浮いてしまうかもとか心配はされなかったですか。

橋本:最初は思いました。やっぱりスタジオで録ってるのとライブではスピード感が違って感じられるから、めっちゃ浮くかもって思ってたんですけど、意外と馴染みましたね。インストだというのもあってか、全然違和感ないなって。

——タイトル的にも「私はパイロット」のあとに「離陸」と続くのが美しいですね。最初から「離陸」だったんですか?

橋本:ツアーで披露したときにはまだタイトルが決まってなくて、アルバムに入れる曲を考えていたときに付けたんです。演奏している途中でリズムがフワッと広くなる感じがあるんですけど、リハーサルのときに、メンバーさんに「飛び立った感じでやってほしい」って伝えていたんですよ。ジェットコースターに乗ってるときのフワッとみぞおちが浮くあの感じとか、飛行機が離陸した感じを音でやりたいってずっと言っていたのを思い出して、じゃあ「離陸」だなって。リリックがないのに「離陸(りりく)」って面白いやん!とかこっそり思ってたりもしてたんですけどね……今初めて言いましたけど。

——まさかのダジャレ!

橋本:一人でニヤニヤしてました(笑)。

——そして「このよかぶれ」ですが、この曲を書いたことで多少なりとも気持ちの整理がついたりはしたのでしょうか。

橋本:書いたときはまだ“これからを夢見る私”とか、そんなふうには全然思えていなくて……でも、そうやって歌いたかったから書いたんです。きっとこの曲が自分の気持ちにぴったり収まるときが来るだろうな、来たらいいなと思いながら。そのときはまだまだ先のことを歌っているなと思っていたけど、今はちょっとずつ近づいてきてるのを感じてます。

——タイトルもとても絵莉子さんらしいですね。

橋本:ありがとうございます。私にはどうしたってこの世のことしかわからないし、わからなくていいんだとも思うんです。それって、かぶれてるということかもと思ったので、このタイトルにしました。できることならそっちの様子も教えてほしいけど、そんなの無理じゃないですか。私はこの世で勝手にこっちの気持ちを語ることしかできなくて、どんなことを言ってもこっちからの目線は絶対“このよかぶれ”にしかならない。だったら私はずっと“このよかぶれ”でいようっていう気持ちを歌いました。

——「やさしい指揮者」の編曲クレジットは絵莉子さん、曽根さん、村田さんの3人になっていますが、ドラムも鳴っていますよね。恒岡さんの過去音源をループで使っていらっしゃるのだそうで。

橋本:はい、「fall of the leaf」のリズムをメインに使っています。2月末にアルバムの作業を始めると決めてからエンジニアさんのスタジオに行って、どうやったらツネさんのドラムを使うことができるのか、話していたんですよ。愛子さんにお願いする前の、まだすべてがゼロの段階だったときです。そこで「ループさせたリズムに曲を乗せていく形ならできるかも」ってエンジニアさんが提案してくれて、作れるなら1曲でもそういう曲があるといいなと思ったんです。で、収録する予定の曲のなかから「やさしい指揮者」だったらハマるかもしれないってなって。実際に試してみたらぴったりで、すごく嬉しかったですね。

——どうしようもないくらいの悲しみとかやるせなさも丸ごと包み込んでくれるような、シンプルだけど本当に大きな曲ですよね。

橋本:友達に悲しい出来事があって、私もすごく悲しかったし、もうどうしようって思った時期があったんです。そのときに指揮者みたいに自分の気持ちを扱うことができたらなって思って……指揮者ってオーケストラを自在に操るじゃないですか。そうやって自分のことも操れたらいいのになって思いながら作ったのがこの曲で。そうしたらもうちょっと楽になれるのかもしれないなって。

——“1 2 3 4”のところで涙腺が崩壊しました。こんなにも、やさしくて雄弁なカウントはちょっと他にないんじゃないでしょうか。このカウントで気持ちを切り替えられる人がいるかもしれないし、これをきっかけに感情を吐き出せる人もいるかもしれない。「やさしい指揮者」というタイトルの意味が全部ここに集約されている気がして。

橋本:そうやって聴いてくれた人それぞれの“1 2 3 4”になったら嬉しいです。ここはメンバーみんなでコーラスしてるんですけど、それもすごく好きなんですよね。

——「慎重にならないか」は橋本絵莉子の真骨頂とも呼びたい1曲で。歌詞が付いたことで、よりそうなったんじゃないかという気がするんですよね。歌い出しが“反抗期”から始まるロックってたぶん聴いたことがないです。

橋本:たしかに(笑)。なんとなく考えていたんですよね、反抗期って大人になってもあるよな、反抗したい時期、「なんか違うんだよ!」って思ったりする時期って子供とか学生の頃だけのものじゃないなって。私自身、20代に入ってもありましたし、そういう、ぼんやりと考えていたことを、ぼんやり期の曲に乗せて歌ってみようかなって。

——“あなたと間違えてもいい”という1行にはとても深い愛情を感じました。

橋本:反抗してるときって、相手がいかに間違っているか、自分がいかに正しいかを主張したがるけど、一緒に間違ってもいいって思えるぐらいの気持ちでいることも大事だと思うんです。「いや、私が正しいです!」って言うことも、一緒に間違えようって思えることも同じくらい必要だから、上手いことバランスよくできたらいいよねって。

——だから「慎重にならないか」と言ってるんですね。

橋本:そうなんです。

——配信シングルとしてもリリースされた「宝物を探して (街よ街よ Mix)」。歌詞に出てくる“LOVE LOVE LOVE”はDREAMS COME TRUEですか。

橋本:当時、みんな歌ってたんですよ。カラオケに行くと履歴が全部「LOVE LOVE LOVE」で(笑)。それぐらいみんなが夢中になっていた思い出の曲ですね。

——“粘土で薔薇を作っ”たり、“タオルケットでお昼寝”したり、“18の春”と“38の夜”が並列だったり、そういう一つひとつが地続きで色褪せてないのがいいなとつくづく思うんです。『日記を燃やして』のインタビューをさせていただいたとき、「かえれない」の話のなかで「最近は、初心は返るものじゃなくて、“そのへんにあるもの”っていう感じがする」とおっしゃっていたんですけど、この曲はまさにそういう曲だな、と。

橋本:ああ、そうなのかな。感動したりとか心を動かされたりする瞬間っていうのはたしかに初心だなと思ったりします。

——それこそが“宝物”かもしれないですね。「ホテル太平洋」は絵莉子さんの地元・徳島に実在するホテルの名前からインスパイアされて作ったとリキッドルームのMCでおっしゃっていましたが。

橋本:もともと「ホテル・カリフォルニア」とか、タイトルに「ホテル」が付く曲っていっぱいあって、私もほしいと思ったのが始まりなんですよ。「そういえば地元に“ホテル太平洋”ってあったな、じゃあそれをタイトルにしよう」「太平洋ってことは魚やな、よし、魚の曲にしてみよう」ってタイトルからどんどん発展してできたんです。

——パッと聴きは可愛らしいけど、実はかなりシニカルですよね。“弱肉強食”とか“明日は我が身”とか、人間社会にも置き換えられそうな。

橋本:私も最初は魚ってお気楽なもんやと思っていたけど、よく考えたらみんな命懸けだし、それでも食べられてしまうから卵の数も多いわけで、めちゃくちゃ凄まじい社会で生きてるよな、かわいいどころの話じゃないなって。そのわりに私が魚を見てもあんまり違いとかわからないし、たぶん魚同士もお互いわかってないんだろうなとか。わかったとして、生きるか死ぬかになったら誰々のためになんて考えていられないだろうなとか。ノリで作り始めたのに、いろいろ考えさせられました。もとはと言えばタイトルを「ホテル太平洋」にしたからなんですけど(笑)。

——その熾烈な感じがサウンドにも活きていますよね。サビのアタック感が強いスネアの音とか、めちゃくちゃかっこいい。

橋本:あれはエフェクトスネアっていう、普通のスネアより口径の小さい太鼓を使っているんです。もともとデモでも似た音を入れていたんですけど、それを楽器でどう表現するかってなったときにエフェクトスネアを鳴らしてみたら海感とか南国感が出てきて。私もあの音はすごく気に入ってます。

——サウンドで言うと「Oh, Cinderella」のイントロ、ギターとベースのユニゾンにも痺れました。

橋本:そう、かっこいいんですよ。実はもうちょっと暗めの曲になるかと想像してたんですけど、できあがってみたら意外とカジュアルになったなという印象の曲で。

——歌詞に書かれている“靴”は何かの暗喩だったりするんですか。

橋本:最初は単純に靴の曲にしようと思って作ってたんです。片付けをしていたら見覚えのない箱が出てきて、開けたら昔大好きだった靴が出てきたっていうところから書いていた曲で。でも、できあがってみたら“靴”が何にでも置き換えられそうって思ったんですよね。モノだけじゃなくて、例えば昔の自分の考え方だったり。一回、忘れていたものを思い出したら、またその見方が変わったりもするじゃないですか。新しい気持ちで向き合えたり、今の自分にもフィットするのかなとか、そこからどう変わったのかなとか。一回、忘れてみないとわからへんものもあると思うし。

——深いですね。

橋本:作ってるときはそんなこと全然考えてなかったんですけどね。作っているときって曲との距離がめっちゃ近いから、音色とか音の長さとか細かいことばっかりが気になって全体像があんまり見えないんですよ。歌詞を書いているときはこういう曲になるんだとも思ってないから、もっとシンプルに言葉が出てくるまま書いているんですけど、メロディを付けて曲として向き合い始めると距離を取るのがすごく難しくなるんです。この曲も形になって、しばらく他の曲を作ったりしてたら、ふと「靴じゃなくてもいけるな」って。離れてみないとわからないことあるんだなって改めて思いました。

——コーラスでは歌われているけど、歌詞に“Oh, Cinderella”というフレーズが一つも書かれていないのも面白くて。

橋本:狙ってそうしたわけじゃないんですけど、単に歌詞だけ書いてたときにはなかったフレーズが、曲を作っている間でなんとなく出てきて、それがそのまま使われただけで(笑)。「ホテル太平洋」はタイトルからできたけど、作ってるうちにポロッと出た言葉がタイトルになる曲もあるんです。

——ラストを飾る「偏愛は純愛」はアルバムで唯一、ドラムレスの曲ですね。

橋本:ドラムありのバージョンもあったんですけど、これをアルバムの最後の曲にするのは決めていたので、どっちがいいか考えたときにドラムレスがいいなって。

——このサビを高校生のときに作ったと聞いたときはびっくりしましたけど、納得もしてるんですよ。誰がなんと言おうと自分の感性は自分だけのもので、それは誰にも侵すことはできないし、誰とも共有できなくても構わないという確固とした強さが、当時から揺るぎなく絵莉子さんのなかに息づいていたんだなって。

橋本:うん、そういうところはありますね。

——ただ、2番に書かれている“それおもちゃだよ”というフレーズが読み解けなくて気になっています。

橋本:子供のときに本物だと思っていたものを「それ、おもちゃやで」って言われてがっかりした記憶ってないですか? 私、すごくあるんですよ。子供って結局、そうやってあしらわれてしまう存在なんやなって密かに傷ついたりしていて。周りから見たら子供でも自分としては精一杯、大人のつもりなんですよね。そんな自分が本物やって思っていたものが「なんだ、おもちゃか」って急につまらないものになってしまうというか。大人からしたら、からかい半分なのかもしれないけど、私はそう言われること自体がすごくイヤで、ずっと覚えてるんですよ。なので、そういうフレーズが出てきたんです。

——まさしく“幼い頃の憂鬱が/今になって生きている”ですね。子供の頃はがっかりするしかなかったけど、今ならおもちゃだろうと自分がいいと思っているんだからいいって言えますし。それにしても、お話を伺えば伺うほど、このアルバムは今の絵莉子さんそのものだという気がしてきます。

橋本:タイトルを決めたときに、やっぱり私のアルバムや!ってすごく思えたんです。本当にいろんなことがあったけど、メンバーさんもスタッフさんもみんながすごく助けてくれて、大事なところでいつも目を覚まさせてくれて。そういうのも全部含めて、最終的に自分のものとして帰ってきてくれたなって。作っている間は、もう単なる私の2ndアルバムというだけではなくなるのかもと思っていたし、どう向き合うべきなのかめっちゃ考えたし、曽根さんやシゲさんたちともそういう話をたくさんしてきたんです。そこでよく言ってくれていたのが「これはあくまでもえっちゃんのアルバムだから」って。悲しみの殻のなかにいた私にはまったく響かなかったときもあったんですけど、そこから前に進もうと切り替えてからはその言葉に励まされたし、「ちゃんとせな」って自分に対しても思えたし。ただ……アルバムのタイトルがね、本当に決まらなくて。

——そんなに?

橋本:どういうタイトルを付けたらいいかまったくわからなかったですね。それぞれの曲が活きるような順番で並べたり、いろいろ考えながら作ったけど、果たしてこの曲たちの集まりをちゃんと表現できるタイトルは一体なんなんだろうって。でも、それこそが「私のアルバムだよ」って言えるチャンスだとも思ったんです。最後に付けるタイトルで、ツネさんのことも含めて全部、自分のものにするんだって、そういう気持ちでいたので。

——決まったのはいつ頃だったんでしょう。

橋本:今年の1月かな。

——マジで最近じゃないですか。

橋本:最初は2023年の内にっていう一応の目処があって、仮タイトルという形では自分のなかに持っていたんです。それが本当にこのアルバムに馴染むのかどうか、お正月で徳島に帰っている間じゅう、ずっと考えていて。この名前で呼んでいい?って何度も問いかけて決心したのがこのタイトルなんです。

——なぜ『街よ街よ』と?

橋本:『日記を燃やして』は私の周りの、半径1メートルもないくらい身近な距離にあるものたちをエネルギーにして作っていたけど、このアルバムは室内に留まっていない曲がすごくたくさんあるなと思って。“道”とか“みち”っていうワードが歌詞に多く出てくるし、“海岸”とか“ホテル”とか“踊り場”とか、“立体交差”や“地元の駅”もそう。“道端の花”とか。“パイロット”になって飛んでみたり、“離陸”したり、部屋のなかにいても見ているのは外だったり……そういうものたちでひとつの街ができるなって思ったんです。“地元の駅”って歌っても、きっと人それぞれに思い浮かべるものは違うから、このアルバムを聴いてできあがる街は人の数だけあるだろうなって。みんなが持っている自分だけの街、その一つひとつに呼びかけているイメージですね。

——素晴らしいです。さて、リリースを間近に控えた現在、どんな気持ちでいらっしゃいますか。

橋本:もう、ありのままですから!っていう感じ(笑)。ホント聴いてもらうしかないです。曲を作っていたときのワクワクしていた自分とか、一旦、制作が止まりかけたときに散々考えたこととか、また新しい気持ちで曲に向き合えたこととか、いろんな気持ちが鳴っているから、それを聴いてほしい。

——悲しみも喜びも、2年4ヵ月の間に起こったことがすべて音楽に昇華されてここにあると言っても過言ではないでしょう?

橋本:そうですね。でも、もっと時間が経って聴いたときにわかることもきっとあるだろうし、今の自分が気づいてないこともまだまだある気がするんです。それこそ曲を作ったり並べていた段階では街ができあがるなんて一切考えてなかったわけですから。

——今作が完成したことで、ご自身のなかでもソロアーティスト・橋本絵莉子というものがいよいよ確立されつつあるのではと思ったりもするのですが、そのあたりはいかがですか。

橋本:う〜ん、それもたぶん、もう少しあとになってわかるのかな。今はやっぱりまだ曲との距離が近い状態だし、「よし、これだ!」っていう感覚もないので。

——今後について現時点で考えていらっしゃることは?

橋本:ライブはやりたいですね。生で演奏したら、またきっと違う鳴り方をすると思うんですよ。愛子さんを含めた4人ではまだレコーディングしかしてない状態だし、ここに入っている曲たちがライブで鳴ったときに自分がどう感じるのか、めっちゃ興味があるんです。『日記を燃やして』もライブをしてみてわかったことがいっぱいあったので、まずは生でやってみないとなって。

——音楽は鳴らしてこそ。

橋本:はい! ぜひ楽しみにしていてほしいです。

インタビュー・テキスト:本間夕子

低空飛行人
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